近年,バーチャル・リアリティの研究が進められ(以下VRと呼ぶ),建築, 機械設計,医療など様々な分野に応用されている.人間がVR環境を体験する際, 現実世界と同様に自然な状態で空間内を移動できることが理想であるが,その ためには,究極的には身体に入出力デバイスを全く装着せずにVR環境を体験で きることが必要である.本研究では身体の拘束感を少なくするために入力デバ イスとして光学式位置センサを用い,出力デバイスとして大型三面ディスプレ イを用いた.光学式位置センサとは被験者の頭に小型の点光源を1つ付け,そ の輝点位置を画像処理能力を持つステレオカメラで計測するセンサである.こ のカメラには,魚眼レンズが取り付けてあるため,広範囲の画像入力が可能で あり,被験者の頭部位置を計測できる範囲が広い.また,外乱ノイズからの影 響を受けにくい.大型三面ディスプレイには運動視差の効果を用いた画像を被 験者の視野を覆う様に提示することによって,高い臨場感を生成することがで きた.構築されるVR環境はこの大型三面ディスプレイの背後にあり,ディスプ レイは仮想窓としての役割を果たしている.本システムの概観をここに示す.
人間は現実の世界で感覚情報を入手するとき,外界から情報を受動的に取 得するだけではなく,物体をのぞき込んでみたり,手で掴んで動かしてみたり するなど,外界に対して能動的に働きかけることによって情報を取得している. したがって,VRシステムを構築するとき,まずVR環境に対して働きかけができ るように,人間の種々の状態を測定する入力サブシステムが必要である.そし て出力サブシステムによって,視覚,聴覚,触覚などの人間の感覚器官に入力 サブシステムが入手した感覚情報を与えなければならない.また,入力サブシ ステムと出力サブシステムだけでは仮想現実感の生成は不可能であり,これら を制御し入力情報に基づいて仮想世界の状態を変化させ提示する,というルー プを実行する制御サブシステムが必要となってくる.
本システムでは,入力サブシステムが被験者の頭部位置情報を獲得する頭 部位置計測サブシステムとなり,出力サブシステムが被験者に視覚情報の提示 を行う画像提示サブシステムとなる.制御サブシステムは入力情報によって仮 想世界を構築し,提示画像を生成する.システム概要をここに示す.
大型三面ディスプレイには単に静止物体を提示するだけでなく,自律的 な行動をする仮想動物を提示することによってVR環境への没入感の増大を 図っている.仮想動物は次の規則に従って行動する.
a.空腹であれば被験者に近付いてくる.
b.一定時間餌を食べると満腹になり,被験者から離れていく.
c.満腹から一定時間たつと空腹になる.
図1は仮想動物が自由に飛び跳ね ている様子を表しており,図2は 空腹状態にある仮想動物が被験者の点光源に反応して近付いている様子を表し ている.
実際の構築例をここに示す.
本研究では,光学式位置センサと大型三面ディスプレイを用いたVR環境を 構築した.
光学式位置センサとは被験者の頭部に付けた1つの点光源の輝点位置をステ レオカメラで計測するセンサである.ステレオカメラには魚眼レンズを取り付 けてあるので,広範囲の画像入力が可能であり,被験者の頭部位置の計測範囲 を広くすることができた.また,点光源1つを付けるだけなので,被験者に装 置の負担がかからない上,外乱ノイズの影響を受けにくい.
視覚情報提示用に用いた大型ディスプレイは液晶シャッタ眼鏡を装着しな ければ両眼立体視は不可能であるが,運動視差の効果を用いて大型三面ディス プレイに画像を提示することにより,あたかもディスプレイの背後に仮想世界 が存在するような感覚を受けることができた.
将来このシステムを応用することによって,遠隔地や日常行くことのでき ない環境を部屋の中で疑似的に体験することが可能となる.長期入院している 患者にとって普段体験できない外界の状況を体験することができれば,肉体的 な治療に加えて,VR環境を体験することによる精神的な治療も患者は受けるこ とができ,回復の助けとなるであろう.VR環境は現実では体験不可能な環境も 体験可能となるので,このような環境の性質を応用すれば,診察,治療の場面 における心理的束縛の軽減やリラクゼーションにも役立つと考えられる.