牽引への道


事件が起こったのは1996年1月3日のことである。 正月ということもあって、くだらないTV番組しかなく、家にいてもすることがない。 学校に行って研究でもしようかと思い、いつものように家を出た。

普通、学校へ行くには家から国道168号に出て平城山通り(ならやまどおり)へ入って国道163号へ抜ける。 しかし、その日はちょっと遠回りして行こうと思い、家から一山越えて国道170号(外環)へ出て国道163号へ抜けようと思っていた。

外環を走っているときに何回か信号で止まる。 もうちょっとで国道163号に着きそうだなという頃、クラッチぺダルに違和感を感じる。 何となくミートポイントが奥にずれたようだ。 さらに走行していると、今度はクラッチペダルが自力では戻らなくなった。 仕方ないから靴でひっかけて戻す。 「これ、ちょっとヤバイで」と思ったけど、どうしようもない。

だましだまし乗ってやっと国道163号にたどり着く。 一つ、二つ、信号をクリアしていく。 そして、何回目かの信号で出発するとき、ちょっとギアが入りにくい。 三速に入れるため一度ニュートラルに入れる。 そして次にクラッチペダルを踏み込んだ瞬間、「スコッ」と抜けてしまった。 車はもう惰性で進むしかない。 回転数合わせて無理矢理繋ぐことも考えたが、ミッションまで痛めては懐までさらに痛んでしまう。 ハザードを付けながら止まれる場所を捜すと、運良くGSがあった。 しかも正月で閉まっていたため、勝手に駐車しても誰からも文句は言われなかった。

さて、今からどうすればいいのか。 まず考えたのがJAF。 しかし、加入していない。 次に考えたのが車を購入したトヨタオート。 ところが、1月3日ということもあって、そこらの店は軒なみ閉まっている。 トヨタオートも例外ではなかった。 また、とりあえず家にも電話してみるが、有効な情報は得られなかった。 研究室には誰かいるだろうと思い電話するが、誰も出ない。 皆たるんでる。 研究室の友達はどうか。 でも、電話番号の書いたメモがない。 そういえば、一人携帯電話を持ってる。 とりあえず電話してみる。 継った。

「もしもし」 『もしもし』 「実は今車壊れた」 『どうしたん』 「クラッチいかれた」 『どこにおるん』 「門真」 『俺、今ちょうど明石から帰るとこやったわ。 途中で拾ったる。 詳しい場所教えて』

とりあえず何とかなりそうなので安心した。 ここは一つ腹ごしらえでもせねばと、GSのすぐそばにあった天下第一というラーメン屋でチャーシューメンを食べる。 800円もするがこれがなかなか旨い。 とくにチャーシューがコクがありそれでいてあっさりとして、、、

てな感じで一時間半ぐらい待つと、友達がBMWで乗り付けてきた。 二台の車をGSの中に入れて牽引ロープを結ぶ。 牽引ロープはこういう時のために常に持っていたので助かった。 いざ発進するとなるとやはり緊張する。 ロープがたるんだまま前の車が発進するとロープが伸び切った瞬間、両方の車に「ゴン!」とショックがくる。 かといってロープが伸び切った状態で停車するには二人の息があってないといけない。 最初のうちは要領がわからなかったが、しばらくすると慣れてきた。

でも、さすがに牽引してるので、速度を上げることができない。 それでいて、国道163号は奈良に行くには一つ山を越える必要がある。 さらに、山に入る時と山の頂上のトンネルからは一車線になる。 しかも、普段この道は7,80km/hぐらいで流れている。 その中をハザードを付けながら30km/hで走行するのは、無茶苦茶迷惑だったに違いない。 しかも、一度信号で止まった時に、前輪で牽引ロープを踏んでしまい、出るに出られない状態になったりもした。 本当にすごく迷惑を掛けた。 そして、やっとのことで15kmの道のりを通って学校の駐車場に着いた。

ちょっと遠回りのつもりが、無茶苦茶遠回りになってしまった。

結局クラッチフルードの洩れが原因だったらしく、1月9日にはクレームで(保証期間だったので)部品交換されたMarkIIをトヨタオートに取りに行った。 しかし、この6日後、歩道の縁石乗り上げ左ドア下破損、左後輪パンク、しかもサイドが裂けて交換しなければならない事件が起こるとは知るよしもなかった。 タイヤ替えて一カ月も経ってないのに。。。


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平成8年3月24日
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